[ 研究概要 ]
身体運動をデータ化できる時代が到来している。本研究はそれらのデータを音に変換して、フィードバックすることで身体バランスを制御することができるかについて挑戦的な研究を実施した。聴覚と身体バランスの潜在的な関係性を、実験を通して解明を試みるとともに、加速度センサデータを音にリアルタイムに変換するシステムを開発し、その有効性を検証した。Read More
1. 研究背景
高度に集積された、加速度・地磁気・ジャイロといったセンサによりヒトの行動を多角的にミリ秒間隔で記録する手のひらサイズのシステムを開発できる時代が到来した。そのセンサをヒトが装着し、得たデータをフィードバックして次の動作に繋げる可能性がある。本研究では音刺激がヒトの運動制御に及ぼす影響に着目しセンサ出力を音へと変換しフィードバックすることで身体バランスを制御できるかを解明する。その制御可能性として、ヒトの持つ潜在的な運動能力への音刺激による制御と、音刺激の学習により音を頼りに制御する、という2つの方法が考えられ、柔軟性のある高性能センサシステム開発を中心に、実験を行、その原理・仕組みを探求する。
◆ナノテクの発展によるセンサの極小化が進む
微細加工技術、特に、マイクロマシン技術が発達し、加速度、ジャイロ、地磁気といったヒトの行動を観測する上で重要な方向・移動スピード、姿勢を観測できるセンサが指先程度の大きさのLSIに詰め込むことが出来る時代が到来し、その利用方法をセンサLSIメーカは模索している。
◆センサを装着でき、データをリアルタイムにフィードバックできる時代が到来
最も有望視されている利用方法は超小型せんさを持ち歩き、センサから得られたデータをヒトにフィードバックし、次の行動へ反映させる技術の開発である。センサが小型になり、常に持ち歩くことが出来るため、ヘルスケア、スポーツトレーニングやリハビリへの応用が期待される。
◆従来からのスポーツトレーニングやリハビリへのフィードバック技法には問題がある
従来からのフィードバックして次の動作に結びつける技術はある。例えば、筋肉への直接電気刺激で制御する、前庭電気刺激で平衡感覚を制御するといった方法であるが、特に後者は長期的な身体影響への危惧、知覚までの潜時が長い、前後・左右といった大まかな制御しかできないといった問題があり、実用化が難しい。
本研究に関連する先行研究として、前庭電気刺激による身体バランス制御があげられ、直接電気刺激は身体バランスに影響を与えることは可能であることは知られている。しかし、安全面をどんなに証明しても、電気直接刺激に対しての倫理的な違和感がリハビリ中の患者やスポーツアスリートへの不安感となり、科学的にすばらしい成果だが、利用度を高くするに至っていない。また、リズム入力による単純な聴覚刺激で健常者の身体バランスを制御することが基礎研究のレベルで試行されているが、加速度センサのデータを音に変換しフィードバックすることで、次の動作を潜在的な運動能力から誘導する試みは未だない。
視覚フィードバックによる錯覚で身体バランスの制御は多く試行されている。しかし、音声によるものは未だ謎が多く、解明されていないことが多い。本研究により発見されるだろうヒトの運動から聴覚フィードバックによる潜在運動能力への影響は、新たな身体制御理論を発展させるチャレンジである。
2. 研究の目的
(1)研究のねらい
そこで、本研究では図1のように加速度センサデータを音に変換し、フィードバックすることで身体バランスを制御できるか?という命題に挑戦する。つまり、運動に伴う音フィードバックで、以下の2つの疑問について、その事実を探究する。
①潜在的な運動能力への影響を与えられるか?
②音刺激の学習によって身体制御か可能か?
という2つのテーマを設定し、その事実が存在するかを探究する。具体的にはセンサデータを音へ高速変換し、音の種類も変更できるセンサーシステムの開発を中心にして、実験をもとに解明していく。
(2)本研究で探究する新たな原理
本研究で考慮する聴覚を使った姿勢制御の方法は2つある。1つ目は、ヒトの潜在運動能力に訴える手法であり、反射に訴え、錯覚を誘導する方法である。例えば直進しているヒトの右耳に音を入力すると左右どちらに曲がる、といった効果が得られることを期待する。この原理が発見できると、音をフィードバックするリハビリシステムへの技術が飛躍的に向上する。2つ目は、ヒトが意識して音に追従する手法である。この方法では、意識的に音源を追従するように被験者に学習させ、センサデータの音への変換により、次の姿勢が指示され、再帰的に身体バランスを制御する。以上の2つの方法論から、以下の原理が期待される。
(新原理1)音フィードバックによる聴覚刺激はヒトの潜在的運動能力に影響を被る
(新原理2)音を追従する学習によって身体バランスを制御することができる
これら2つの原理が相まって、さらに学習が高度に進んだ時に身体への変化を読み取るのが本研究の目的である。
(3)期待する成果
本研究が追う最大の真理は(新原理1)ではあるが、たとえそれを発見できなくても、(新原理2)に従って以下のような成果が得られることを期待する。
①人体への直接刺激のなりリハビリテーションシステムを開発できる
電極など人体に直接装着する器具が不必要なリハビリシステムを期待できる。小さなセンサシステムを体に装着し、音を聞くだけで診察プログラムを受けられ、家庭での治療が可能になる。。
②高齢者の転倒などの危険に対する回避システムができる
音フィードバックの直前でセンサデータパターンを解析し、高齢者の転倒パターンに合致する場合には、音声で姿勢修正警告を出力する、事前の危険回避システムへと応用できる。
③スポーツのトレーニングへの応用を期待できる
アスリートの動作の癖やシセをリアルタイムなセンサデータを使って修正するシステムが出来る。また、(新原理2)を使って、トップアスリートのデータを使って、小中学生がまねをしながら競技力向上する時代の到来が期待される。
④全盲及び弱視の障害者に対するアシストシステムが開発できる
ステレオカメラなど、映像入力を加速度センサのデータと統合することで、盲・弱視障害者の行動範囲を広げるアシストシステムが開発できる。例えば足元の段差を音で通知し危険を回避する。
⑤「音ゲー」と呼ばれるエンターテインメントへの応用ができる
音で遊ぶゲームに応用することができ、エンターテインメント産業に利用できる。
3. 研究成果
本研究によって得られた成果については、(1)聴覚に対する身体バランス制御の人の基礎的な運動能力と、(2)音声をフィードバックした場合の運動学習、および、身体バランス制御、に分類でき、それぞれに関して以下で説明する。
① 音による誘導によって身体バランス制御の制御量が、その音の変化の種類によって異なることを発見した。
音による身体バランス制御の潜在的な能力による誘導は上記の通り不可能であったが、音刺激を意識的に追いかける実験も行なった結果、左右に変化する音の変化に従って、歩行進行方向を追従させる場合、音の変化方法によって、進行方向転換の回転量が異なることを発見した。この実験では、音刺激を左右にパンを変化させ、それを追従する実験を行い、その変化の仕方については、シグモイド関数とヘビサイド関数に分け、それらをランダムに実験参加者に提示した。その際、シグモイド関数を使った音変化の場合(つまり、穏やかに音が左右で移動する場合)に比べ、ヘビサイド関数を使った場合(矩形で音が左右で変化する場合)のほうが、身体の回転量が多いことがわかった。これは、音声を追いかけるようにガイドするようなアプリケーション(例えばリハビリなど)で、体の回転量を制御したい場合に、ヘビサイド関数でのパンの変更をすることで、多く体を動かすように誘導する、といった応用が可能になると期待できる。
② 音による身体バランス制御は視覚に関わることを発見した。
本成果では視覚を得ている場合について、音刺激に対する反応時間が、短いことを発見した。つまり、聴覚刺激によるバランス制御は視覚情報にも関連していて、視覚情報が助けることで、高速な反応ができていることが明らかになった。
③ 音による運動学習能力は発見できなかった。
音によって運動を学習する、つまり、同じ音刺激を得ることで、身体バランス制御の精度を高めることは不可能であることを実験によって確認した。
(2)音のフィードバックシステムには工学的な課題があることがわかった。
音を動きのデータ(センサデータ)からフィードバックする試験用のシステムを開発した。図4にその写真をします。このシステムでは、加速度センサデータを440Hzの音データに変換してイヤホンに音として出力することができる。しかし、このシステムを使ったフィードバック実験を行なったところ、大きく2つの問題点が露呈した。1つ目は、センサデータから音データに変換するディレイが現代の組込システムの技術(つまり、ソフトウェア処理)では大変違和感のある遅延が避けられないことがわかり、動きを先見する必要があることがわかった。しかし、まだ発生していない動きに対し、そのデータを予見して作り出すことは不可能であるので、やはり、高速にリアルタイムなデータ変換ができる演算処理能力を持った計算技術の開発が今後必要である。
Conference Proceedings
- Shinichi Yamagiwa, Naka Gotoda, Yuji Yamamoto. Space Perception by Acoustic Cues Influences Auditory-induced Body Balance Control, Proceedings of the International Congress on Sports Science Research and Technology Support, , (2013-09-20), DOI:10.5220/0004601200300040
主な獲得研究予算
- (科研費)音フィードバックによる高度な姿勢制御スキル獲得のための学習支援システムの開発, 2011 – 2013 (研究代表者 山際伸一)