【研究概要】
小型センサでとらえた人の動きのデータをヘルスケアなどへの応用する取り組みが盛んである。従来のバイオメカニクスや運動学習分野では、見た目やパフォーマンスに関連する動きの特徴点から導出した平均モデルからパラメタを選定し、個人の動きを定義する。しかし、パラメタを選定せず、個人の動きのモデルを自動的に導出できれば、健康管理やスキル特定への応用精度が格段に向上する。そこで本研究は映像やセンサデータ等の動きのビッグデータへ知的情報処理を施し、個のスキルのモデル化を試みる。Read More
1.研究背景
(1)動きのデータを利用したスポーツやヘルスケアへの応用が流行している
加速度やジャイロ等のセンサからの動きデータを解析し、技能判定を行うシステムが登場している。例えば、ジョギングを判定するNike+やAdidas社miCoachが代表的で、オムロン社からは歩行技能を判定する姿勢計が発売されている。このように、動きのデータを利用して、トレーニングの自己評価や、技能レベルの判断ができ、スポーツを趣味とする人々に広く利用されている。
(2)従来からの動き予測・技能判定法は動きの平均モデルに個人のパラメタを適用
しかしながら、上記のようなセンサを利用したシステムは、バイオメカニクスや運動学習といった分野で確立された平均モデルに個に対する差分値を加え判定するため、個の差分値算出の標準化の必要性と年月といった中長期的な動き予測への誤差の増大といった難しさがある。
(3)中長期的な近未来の動き予測の方法は決定打に欠ける
金子明友「技の伝承」、古川康一「身体知」、 生田久美子「わざ言語」といった動きの予測、 動きの形式化議論は盛んに行われてきたが、 未だに個人を自動的に表現できる打開策がないため、動きを予測するシステムに応用できる技術が成熟しておらず、「近未来の動き」の判断はユーザの自己判断力に委ねられているのが問題である。
2.研究の目的
本研究では図1のように、従来の平均モデルのカスタマイズ手法に対する新たなアプローチとして、あらゆる動きの情報が潜在する動きのビッグデータからスキルの機序を発見し「年月単位での近未来の動き」を予測することはできるか?という命題に挑戦する。つまりデータだけから
(1)スキルレベルの特定は可能か?
(2)スキル獲得のための動き予測は可能か?
という2つの疑問の解を、知的情報処理を使ったデータ解析から導き出し、データの蓄積に伴い精度が向上する自己成長型トレーニングシステムの開発を目指す。
3.研究成果
(1)スキルグルーピングの開発
本研究では、動きのデータを多数集めた「動きビッグデータ」を使って、スキルの得点「スコア」に変換する仕組み「スキルグルーピン グ」を開発した。ユーザが目指す理想の動きに近づけるためのガイドをするシステムの構築と、そのサービスを提供する技術基盤を開発した。動きのデータを採取することは日常に取り込まれ、スマホでさえもモーションセンサを備えるほど、身近な技術であり多くの動きデータを採取することができるため、 動きビッグデータを利用することで、人の動 きの多様性を時間的な変遷も含め、統計値のベースとして用いる事で、上述のバイオメカニクス理論で用いられるパラメタの決定を吸収した。
この仕組みの中で、ユーザが熟練者との比較をする際は、その動きデータの数学的距離を求めてできないかと考えた。そこで、図2に示すように、カーネル法と呼ばれる、データの類似性を2 分割する技術に対し、分類したデータ間の距離を決定する処理を追加することで、「動きの距離」を得る。このとき、図3 のように、例えば、マラソンのタイムのようなスキルに関連する指標でグループを作ると、スキルに関連する部位の動きは、リニアに分布する。スキルグルーピングは、このようなスキルに関連する部位を自動で発見するだけでなく、関連する部位の動きデー タが、スキル獲得のための指標として表され、動きデータをスマホなどの端末から送信後、上記の処理をサーバで処理し、スコアを返すことで、自動的にコーチングを行う新しいサ ービスを提供することができる。
(2)スキル分析の実証実験
実証実験として、ミズノ社の協力の下、スキルグルーピングによりマラソンのタイムを良くするためのスキルを分析し、影響度を提示する実証実験を行った。図 4 に示すように、走動作の動きデータは、身体の 6 カ所につけたマーカーの 3 次元位置を高速カメラで撮影した映像から得る。各マーカーの 3 次元位置をスキルグルーピングにかけると、ひじ、ひざ、足首がマラソンのタイムを上げるためのキーとなることが、各走者の動きの距離がタイムに従ってなだらかに変遷することから判明した。これらの 3 つのポイントの動きビッグデータから、タイムに与える影響度(タイムが良いグループから遠いと 100 となる数値。100-スコア)を図5のようにレーダーチャートで示すことで、スキルに対してのスコアを、影響度という形で、目標の動きに近づく際に見るべきポイントを示すサービスの構築可能性を実証した。
(3)コンディショニングへの適用可能性の実証実験
スキーの技能検定(いわゆるバッジテスト)では、規定の技能を観察により審査員が評価する。これをコンピュータで評価を自動化できないかと考え、スキーのパラレルターンにスキルグルーピングを適用し、スキーのトレーニングシステムを開発した。図 6 に示すように実証実験の際に、3 人の初心者と 3 人の熟練者に、スマートフォンを背負ってもらい、その加速度センサでパラレルターンの動きを採取して、スキルグルーピングにそのデータを適用した。図 6 のグラフには各実験参加者の 8 回の試技が人物ごとに同じ線としてプロットされている。熟練者と初心者の分布が異なっているのは上述の技能面での差異を表しているが、それぞれの実験参加者の 8 回の試行が、熟練者は狭い範囲でプロットされ、初心者は大きな範囲でプロットされている。つまり、熟練者は毎回の滑りで雪面を同じように捉えられているが、初心者はそうではないことがわかる。したがって、自分の滑りが常に同じであるかを動きの差異から判断できる材料として用い、スキルが向上しているかを確認するコンディショニングサービスを提供できることを実証した。
(4)道具の差異の動き解析の可能性を実証実験
さらに、野球のバットスイングにおいて、図 7 のようにバットの底部に加速度・ジャイロセンサを取り付け、ティーバッティングを行う動作を、プロ、アマの選手たちから取得しスキルグルーピングを適用した。この際に、バットの種類を金属と木製で、同一選手に振ってもらい、結果を比較した。 図 7 のグラフの A4、A5 というラベルは選手を識別する ID であるが、異なるバットを使うと、異なる位置にプロットされる。つまり、道具の差によって、スキルの差が生まれ、打動作が変化することを表している。この実験から、道具の差をスキルグルーピングで数値化し、さらに可視化して、ユーザの体へのフィット感を自動的に判別する道具のフィッティングサービスが展開できることを実証 した。
Conference Proceedings Shinichi Yamagiwa, Yoshinobu Kawahara, Noriyuki Tabuchi, Yoshinobu Watanabe, Takeshi Naruo. Skill grouping method: Mining and clustering skill differences from body movement BigData , 2015 IEEE International Conference on Big Data (Big Data), , (2015-10-29), DOI:10.1109/bigdata.2015.7364049
[研究予算獲得]
(科研費)挑戦的萌芽, “動きビッグデータからスキルの予測は可能か? ”, 2015-2017, (研究代表者 山際伸一)